生きていてよかったと思えるパラスポーツ

東京パラリンピックの静岡県の選手のメダルラッシュに沸いている。

僕のパラスポーツを目指すきっかけになった

水泳の鈴木孝幸選手、

静岡医療福祉センターの先輩であるボッチャの杉村英孝選手、

メダル獲得おめでとうございます。

新聞記事に、パラリンピック後には

『パラスポーツを子どもたちにやらせたい』

とか、

『パラスポーツを始めたい』

という相談が多くなったと書いてあった。

自分がやりたいと能動的に思っているのならいいが、

保護者がやらせたいというのは絶対タブーだと思う。

やりたくないのにやらされるのは、

宿題や仕事をいやいややらされるのと同じだからである。

パラスポーツから何かにつなげようと思ってはだめだと思う。

僕の場合は、障害をもって生まれ、

生後6か月の時からリハビリを始め、今まで継続してきた。

リハビリをして身体がだんだん良くなるにつれて、

目標を設定することが大変になってきた。

しかし目標がなくただリハビリをしていると

だんだん限界になり、

なかなかできることを増やしていくというのは難しくなってくる

と感じたので、好きなスポーツを始めた。

僕自身がサッカーや空手をやり始めたことで、

なにかの動作をうまくなるためにこのリハビリをやる

という動機づけができて、25年間継続できたと思う。

一つの動作をマスターするために努力することで、

その動作に関連した動きも

振り返ると知らず知らずのうちにできるようになっていた

ということが多くあった。

例えば、空手の前蹴りをしっかりとしたものにしようと頑張っていたら、

軸足のバランス感覚も良くなり、

サッカーのキック力も上がった。    

できることを一つ増やすためにリハビリをやっていたら、

付随する機能も向上していたので、

もっと努力しよう!

と欲が出てやり続けてきた。

「継続は力なり」 と言うが、

自分自身にどうしたい という目標があり、

その目標を変えないことで継続をし続けるようになるのではないかと思う。

リハビリに行くと、小さな子どもの家族から

「どうやったらよくなるのか教えてください。」

と聞かれる事が多い。

障害をよくしていくためにはまず、

自分がどのようになりたいのかという目標を持ち、

目標に向かってできることを一つずつ増やしていくこと

が近道だと考えている。

僕のパラスポーツをやるきっかけは、なにか運命みたいなもので、

やりたくて好きで始めたことなので

サッカーも空手も

現在までやめず、諦めず何年も継続できたのだと思う。

できるか? ではなく、

やりたいか? が 重要なのである。

継続していけば結果が表れる日がくるかもしれない。

大学生の時、障がい者スポーツ指導員の資格をとった。

『レクレーションも、障がい者スポーツも、

まず第一に `生きていてよかった‘ と思わせることが大切である。』

という大学の恩師の言葉が今でも胸に残っている。

まず興味のあるパラスポーツを観戦したり、見学してみることをお勧めする。

観るだけでも大きな一歩が踏み出せるはずだと思う。

  〈追記〉

障がい者スポーツの講義でお世話になった大学の恩師であり、

静岡市しみず社会福祉事業団理事長・フライングディスク協会会長の大塚康夫先生が、

社会福祉の分野での功績が認められ 2022年静岡市の功労者として表彰された。

おめでとうございます。

先生の講義を受講できたことで、

障がい者がスポーツをする意味や歴史や大切さを知ることができ、

障がい者スポーツへの視野が広がり、

身体の使い方を工夫したり継続することによって障がい者も上達でき、

世界をめざすこともできることを学ぶことができた。

僕は現在県の職員として勤務しているが、

いつか障がい者スポーツに関わることのできる課で、

大学で学んだことを生かして障がい者のスポーツがもっと身近なものになり、

楽しめて生きがいを感じられるような社会になるようにめざしていきたい。