一流と超一流の違い

僕はリハビリや空手やサッカーの指導を受けていて感じることがある。

超一流の人とは、常に自分の身体の力も抜けていてすばらしい業ができるだけでなく、

他者にもどういう理屈だからどこの業がどのようにすれば決まるかを言語化して説明できる人だと思う。

もちろんそれは自分の感覚もあると思うが、それだけでなく理論がしっかりしているからだと思う。

逆にただの一流は自分ではできるが、できない人に説明がうまくできない。

例えば肩の力を抜くために「肩の力を抜け!」とか

「リラックス!リラックス!」などとよく言うが、

どのように抜けばよいのかまでの説明が言語化できない。

僕の空手の師範は力を抜くために一つの方法として、

‘踵を一度上げてそれからストンと落とす‘ と自然と力が抜けるという説明をしてくれる。

踵を上げると自然と力みを出せない状態になることを師範は知っているので、

その状態で技を出すと力みのない技が出せるようになることを教えてくれるのだ。

障がいのある僕が小さい頃はなかなか身体の力が抜けきれずバランスを崩すことが多かったが、

師範はその原因がなぜか解らず、力が抜けない別の要因は何なのかを考えたそうだ。

例えば棒術を使うとどうか?と考えたそうだ。

僕が棒を持つとバランスがとれたことから、身体の軸がうまく定まっていないからではないかと考えるようになったそうだ。

なので、身体の軸が定まるための感覚を技を見せながら教えてくれた。

それから超一流の達人というのは気の出し方が違う。

普段はものすごく抑えているけれど、ギアが上がった時に100までものすごく力が出る。

普通の人は身体のどこかに力が入ってしまっていて半分くらいしか出せない。

しかし達人はそれが出せる。

それが凄いと思う。

TVの番組などでサッカー選手のネイマールがボールを蹴って遊んでいても、

いざ `やる‘ となったら100%一気に力が出せる。

力の入れ 抜きが上手いのだと思う。

僕の空手の師範は普段は全く脱力している。

超一流の人は障がい者指導もうまいと思う。

それは本質を理解しているからだと思う。

社会でも障がい者のサポートができる人は、

物事の本質をとらえてうまく幹の部分(技の一番大切なところ)を伝えてできるように

誘導していくことができる人だと思う。

それができる人が少ない。

逆にこれができると言語が伝わらなくても外国人にも本質の指導ができるのだと思う。

障がい者は一回だけではすぐできるようにならないので、

根気強く言い方を変えながら本質をうまく伝えていくことができる人が超一流なのだと思う。

指導者としての超一流と、自分がやれる超一流とはまた別のものだと思う。

リハビリの先生の場合は、

超一流の先生は身体を動かす技術だけでなく、

そのものの歴史や背景や違う分野のことまで知っていて知識量が違うし、

理屈があってどうすればその治療がうまくいくのかが解り、その技術も伴っている。

リハビリの必要な理由、理屈をちゃんと言語化して説明してくれているから患者にも解かりやすいのである。

自分を高めるためには、どんな分野でも一流か超一流かを見極める力が大事だと思う。