小学校は少人数での教育を受けるために息子が私立小学校を選択して受験し、
中学は地元の友達と一緒にサッカー部に入りサッカーをしたい
という希望を持ち、公立中学へ進んだ。
ボイタ法というリハビリのおかげで、歩いたり走ったりできるようにはなっていたが、
上肢下肢に身体障がいがある息子にとって健常の子達との中学での生活は、
みんなと同じようにやることは無理なこともあり大変なことがたくさんあったはずである。
親に何でも話すおしゃべりな息子だったが、多感な時期になってきていたので、
自分に都合が悪いことや、親に知られたくないことは話さなかっただろうから、
私の知らない息子の辛いことや、悔しかったことは数えきれない位あったはずだ。
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しかし息子は大好きなサッカーができることと、
リハビリに続けて通うことを生活の一番重要なことと考え、
大変なことも乗り越えていたと思う。
当時の担任の先生や周りの友達には、手伝ってもらい助けてもらい、
指導していただき、たくさん迷惑をかけていたと思う。
親にできる事は、
息子が興味を持つこと、やってみたいこと、
挑戦したいことなどを見守りサポートするくらいだったので、
できるだけ選択肢を増やすために視野を広げてあげたいと思い、
いろいろ調べたり聞いたりして情報収集した。
そんな時に障がい者サッカーというものがあることを知った。
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中学の健常の子達とのサッカーで、うまくできないながらもいろいろ経験し
楽しさを感じていた息子に、
同じ障がいを持つ子、人たちのカテゴリーがあることを知らせると、
すぐに見学に行ってみたいと言った。
CPサッカー協会にすぐ連絡をとり、
横浜で行われる日本代表合宿に気軽な気持ちで見学に行った。
視野を広げるということは、
まさしくこの参加が息子のその後の進む道を大きく左右する
ターニングポイントの出来事 になったと思う。
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息子より障がいの重い選手が、
不自由な身体で駅のホームを大きなスーツケースを持ち上げ階段を降りていた。
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年齢も息子より少し上くらいで、付き添いの人はなく一人で参加していた。
その姿は息子にとっても私にとっても大きな衝撃だった。
あとから聞くと日本代表合宿は何度もあり、
選手は全国からみんな自力で通って来るとのことだった。
中学生の息子を見て私は、
『無理だ!ここまで一人で来るなんて!』と思った。
地元での生活は、通院時や試合などの時も常に車での送迎のため、
これまで一人で公共機関に乗って出かけさせたことはなかったからだ。
しかしこの出来事が、
息子と私のその後の物事を決める重要なポイントになったのである。
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できないと諦めるより、まずやってみようと一歩踏み出すことが大切だと気づかされた。
一人でいろいろな所へ行けるようになることが、
サッカーが上達するよりもまずできなくてはならないことで
将来社会に出ていくために絶対に必要なことだ と
親子で感じたことだった。
息子が中学3年生の夏頃の面談で、
担任の先生に高校進学の候補の学校を決めるために、
特別支援学校(肢体)を一応見学してみたらどうかと言われた。(今になって聞くと支援学校の高等部は見学参加していることが受験条件になっていたらしい)
とりあえず特別支援学校を見学に行ってみたが、息子はここに来る気は全くない!と言った。
ではどうするの?
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息子に合う高校はどこがいいだろう?
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その頃CPサッカーをやるために、静岡から一番近いのが
FCプログレッソという岐阜のチームだったので、
岐阜へ通うようになっていた。
岐阜への道中は、行きはいいが練習後の帰りはくたくたになっていた。
健常者でさえ疲れる練習と移動であるが、
さらに障がいのある息子にとっては
リハビリで整えてもらっている身体が崩れてしまっていた。
今後もし合宿などでもっとあちこち行くようになったら、
きっと身体がおいつかず、
さらにメンテナンスが必要で、リハビリも必須条件だ。
中学までは義務教育なので学校を遅刻したり早退したり欠席してでも
リハビリや通院を優先にしてきたが、
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高校の授業は休まずにリハビリにいけるだろうか?
大丈夫だろうか?
その頃の息子の夢は、
自分の身体を治してくれている憧れの先生のような理学療法士になることだったので、
高校卒業後は就職でなく一応進学を目指すことになるだろう。
そして高校になると中学よりさらに1クラスの人数も多くなり、担任の先生のサポートも減るだろう。
健常の子達についていく生活が大変になるかもしれない。。
そこで挫折してしまったら進学の夢もあきらめなくてはならなくなるだろう。
さらに大勢の中で生活し、大学進学に向けての力がつけられるだろうか?
もう少し少人数の中で得意なことを伸ばしていけるような高校はないだろうか?
と考えながら過ごしていた。
今息子に必要なことは何だろう?
ということをまず考え、候補の高校を調べていった。
・高校進学後も、リハビリを最優先に通いたいこと。
・リハビリ通院は自分で通うこと。
・CPサッカーを頑張り、今後日本代表選手選考にチャレンジしたいこと。
・県外での練習や全国合宿や大会や海外遠征へ行き、
体調により学校を欠席することもあるということ。
・理学療法士になるために進学をめざすこと。
・公共機関の利用を身につけるために、電車やバスを使っての通学をすること。
この条件をクリアできる学校を調べていった。
高校3年間が社会に出る前の、
人としていろいろなことを身につける大事な時、
経験することが大切で、
失敗しても大丈夫な
チャンスの時期だと思った。
いろいろ考えているうちに、
見事に息子にぴったりの高校との出会いがあったのである。
その学校は
ウイリアム・S・クラーク博士の精神
「Boys,be Ambitious!~君よ、大志を抱け~」
を学びの理念とし
プロスキーヤーであり世界で唯一70歳以上で
エベレストに3度登頂を果たした冒険家である
三浦雄一郎先生 https://clark.ed.jp/information/principal/が
校長先生(現在は名誉校長)をつとめていらっしゃる
クラーク記念国際高等学校だったのである。
(静岡キャンパスは、できてまだ5年位だったのでその頃はほとんど知られていなかった)
『唯一無二の人になりなさい』
という教えを掲げていて、
校長先生自身が「夢・挑戦・達成」のすばらしさを示してくださっていた。
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「大きな夢に挑戦し、実現できる環境 それがクラーク記念国際高等学校です」
「オンリーワンをめざす オンリーワンの道のりがあります」
とホームページに書いてあり、
息子にこんな学校があると話す前に、まず父と母が先に下見に行ってみた。
学校は駅から徒歩5分くらいで近く、
自宅から自転車とJR電車を使い30分以内位で通うことができ、
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リハビリに通う為のバス乗り場もすぐ近くだった。
生徒たちの身なり、挨拶もきちんとしていて、
明朗活発な学校だという印象を受けた。
いろいろな資格取得のためのサポート体制も整っていた。
少人数の縦割りのクラス編成で、
全国にたくさんのキャンパスがあるため大学への推薦枠もたくさんあり、
ほとんどの生徒が大学進学しており、みんなの影響を受けながらがんばれそうだ。
週5日制服着用で通学する単位制高校であり、
リハビリや合宿のためにもし学校を休んでしまうことがあっても何とかとりかえせるだろう。
その後の進学のための受験に向けて知的能力・学力を高めるために
3年間の多くの時間を使うよりも、
自立へ向けて多くの実体験をして、
確実に身に着けたいことに重点をおき、
好きな事に時間をかけてチャレンジすることができそうだ。
障がいを持つ息子や個性のある子や夢を目指している
オンリーワンの子にはピッタリの学校だと思った。
そして何より先生方が全員心理カウンセラーの資格を持ち、
生徒を理解し寄り添ってくれていることも特徴だった。
面談に行くと
「お母さん、今までは障がいがあって可哀想だとか大変だと思っていたと思いますが、
これからは 障がいを乗り越えてここまできたことを 売り にしていけばいいのですよ。」
「こうして障がいを乗り越えてきたということだけでも凄いことです。」
という言葉をいただいた。
この言葉に救われた。
目から鱗が落ちた気分だった。
逆転の発想だった。
「唯一無二の人になりなさい」という教えのこの学校なら
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息子のことも理解してもらえると思うし、
夢も応援してもらえるかもしれないし、
叶えられるかもしれない。
きっと
この3年間で身に着けられることが息子の人生の大きな財産になるはずだ
と確信することができた。
息子も見学しすぐに気に入り、あっという間に
当時はまだ行なわれている高校が少ない
自分自身のことを売り込んで受験するAO入試受験を決めていた。
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他の候補の高校も考えてみたが、
息子にとってはこの学校がBESTだったのだ。
これには中学の先生方も驚かれていた。
中学側としてもまだ誰も行った生徒がいない
前例がない高校を、
先生方に相談もせず息子が決定していたからだ。
息子はこの
との出会いのおかげで、
大好きなCPサッカーと空手を続け、
大学進学ができ、卒業でき、
無事公務員試験に合格でき、県職員として就職し、
自立することができたのである。
自分の人生、夢は自分で切り開いて欲しいという願いは、
高校選びの時に大きく方向づけられ、
その後の息子の自信につながったと思っている。
障がいを持つ子というのはそれぞれ個性があり、前例通りにはいかないのだ。
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誰も行っていない、行なっていない
『唯一無二』だからこそ道が開けていくのだ と
思い知らされた高校選びだった。
夢をみつけ達成するために、一歩ずつ努力を続けることの大切さ を
クラーク高校の先生方、三浦雄一郎校長先生が説き続けてくださったことが、
現在の息子の心と身体にしっかりしみついていることを感じ感謝している。