幼稚園との出会い

息子の保育園は2才児までの園だったが、

そのあとは何処へ通ったらいいか?

は、全く考える余裕無く過ごしていた。

まだ3才の段階で、

自分で歩く事ができなかったからである。

 

とにかくリハビリに通う事が、

一番の親子で頑張る事だった。

 

リハビリの先生には、

「まだなるべく歩かせないように。

ハイハイをいっぱいさせて下さい。」

と言われていた。

 

綺麗なよつばいができなければ、

綺麗に歩けるようにはならないとの事。

 

人間が‘’歩く‘’という動作は、

よつばいからそのまま立ち、

歩く動作になっていくのだと、

恥ずかしい話だが初めて知った事だった。

 

それを聞いてから、

息子に早く歩けるようになって欲しい

という思いから、

 

時間がかかってもきちんと歩けるように…

と、

ひたすらハイハイで移動する事を促していくようになった。

 

普通なら当たり前にできる

‘’歩く‘’という動作が、

障がい児には努力の必要な事なのだ

と気付かされたのである。

 

息子は、いろいろなものに興味を示すので

自分で何処でもどんどんハイハイで移動していた。

外でもアスファルトの上でもハイハイするので、

膝を擦りむかないように膝当て(サポーターのようなもの)を何枚も手作りした。

 

成長段階に合わせて、リハビリの先生に

母子入院をして集中してリハビリする事を勧められ、

小学校入学までに2ヶ月〜3ヶ月の入院を5回したのである。

 

まだ歩けない状態で保育園が修了したらどうしようか…?

何処へ行こうか?

行けるところはあるのかな?

と不安が募る事もあった。

 

言葉が出るようになるまでは、

知的に問題はないだろうか?

と心配にもなったが、

2才過ぎておしゃべりするようになり、

おしゃべりできれば友達とのコミュニケーションもとれるだろうと安心した。

 

小学校に入学する時の事も考えて、

できることなら保育・養育をする保育園でなく

教育を受けさせたいと思い、

幼稚園の入園を考えるようになった。

 

リハビリの先生が、

「幼稚園に入園する前に母子入院をしてみたらどうですか。

歩けるようにしますから。」
と言って下さった。

 

藁をも掴む思いで、リハビリの先生にお願いし

この難関を突破する事ができたのである。

 

とっくに入園受付は終わっている時期だったが、

幸いな事に通っていた保育園の園長先生が以前勤めていらした

幼稚園を紹介してくださった。

 

この幼稚園が息子にとって

願ってもない環境だったのである。

 

年少組、年中組、年長組、1クラスずつで、20名定員だった。

 

平屋建ての園舎なので階段は使わなくてよく、

やっと歩けるようになったばかりの息子には安心だった。

 

園庭も各クラスの部屋の目の前にあり、

1〜2段位で

自分で外に出られるようになっていた。

 

一度見学させて頂いただけで、

ここなら息子も楽しく過ごせそうだと思い、

即入園をお願いしたのである。

 

この幼稚園での生活で、

 

友達がやっている事を同じようにやってみたい!

 

どうして僕は上手くできないのだろう?

 

どうやったらできるのか?

 

等と、友達との遊びの中で考え試していたようだ。

 

息子のチャレンジ精神は、

この頃日々養われていたのだと思う。