- 2024年5月5日
障がい児者の取扱説明書
障がい児者と関わっていく中で僕がずっと思っていたことがある。 障がいをもっているために障がい児は支援学級や支援学校へ進学することが多く、 健常者が学ぶ教育内容ををゆっくりと丁寧にやっていく利点はあるが、 結果的にこれだけは確実に自身もって ‘できた‘ という成功体験までいっていないように感じる。 ‘成功して嬉しい‘ という体験をしているのか? と思うことが多々あり、 そういう体験が少ないのではない […]
障がい児者と関わっていく中で僕がずっと思っていたことがある。 障がいをもっているために障がい児は支援学級や支援学校へ進学することが多く、 健常者が学ぶ教育内容ををゆっくりと丁寧にやっていく利点はあるが、 結果的にこれだけは確実に自身もって ‘できた‘ という成功体験までいっていないように感じる。 ‘成功して嬉しい‘ という体験をしているのか? と思うことが多々あり、 そういう体験が少ないのではない […]
小学校は少人数での教育を受けるために息子が私立小学校を選択して受験し、 中学は地元の友達と一緒にサッカー部に入りサッカーをしたい という希望を持ち、公立中学へ進んだ。 ボイタ法というリハビリのおかげで、歩いたり走ったりできるようにはなっていたが、 上肢下肢に身体障がいがある息子にとって健常の子達との中学での生活は、 みんなと同じようにやることは無理なこともあり大変なことがたくさんあったはずである。 […]
2008年の北京パラリンピック水泳平泳ぎで、 金メダルをとった鈴木孝幸選手のテレビを見ました。(中学生の時) 孝幸選手は浜松出身で、生まれつき両足と左手がなく、右手も3本しか指はありません。 生まれた後、両親がいなくなってしまい 保育園の園長先生にひきとられて育ててもらったそうです。 保育園の頃から水泳を始め、普通の小学校に通っていました。 孝幸選手は、 「初めからこんな感じで生まれてきたんで、 […]
僕は生まれてからずっと障がい者として生きてきた。 社会人となり仕事をしている中で、 健常者には簡単に行なったりできることなのに、 僕には苦手でなかなかうまくできず、仕事に行くことが苦しくなってきたこともあった。 そこで自分にとって無理せずにできることは何なのかを考えるようになった。 自分にできることは、 まずは障がい者として生きてきたことを伝えていくことだと思う。 小学校から大学まで両親のサポート […]
東京パラリンピックで 鈴木孝幸選手が、競泳100メートル自由形で 日本の 金メダル第一号になった。 おめでとうございます。 両手両足欠損という障害があっても 見事な泳力に心打たれた。 約10年前、息子が中学生の時に、 鈴木孝幸選手のドキュメンタリー番組 を見た。 『テレメンタリー2009 自立へのストローク ~タカ 22歳の旅立ち~』 制作 静岡朝日テレビ 番組の内容は、 2008年の北京パラリ […]
息子は出産時のトラブルで仮死状態で生まれ、身体障がいをもっている。 だから将来は 『自分が障がいを持っているからこそ解る事』の相談にのってあげられるような仕事をしたい と言っていた。 そんな目標をもっていたから福祉大学に進学した。 そんな仕事は何処でできるのだろう? ソーシャルワーカー? ピアカウンセラー? 大学では福祉心理学を学び、 社会福祉主事、児童指導員、児童福祉司、心 […]
僕は出産時仮死状態で生まれ、上肢と移動運動機能障害がある。 生後6か月からリハビリを始め、 理学療法の一つであるボイタ法を11ヵ月の時から25年続けている。 ボイタ法のおかげで、今では走ったり自転車に乗ることもできるようになった。 子どものころは、リハビリに行くことが嫌だったこともあったが、 今では自分自身の生活リズムの一つになっている。 ボイタ法を続けてくることで、体の調子もよく元気に生活す […]