出産という落とし穴


結婚後は東京のT病院の近くに住んでいたので、妊娠後の妊婦健診はT病院の産婦人科を受診し、日本最先端技術の機械で検査を受けていた。

手も足の指もちゃんと5本ずつありますよ、心臓も何も問題ありませんと、

25年前の超音波検査で鮮明な映像を見せてもらっていた。

全く異常無く赤ちゃんはお腹の中で順調に大きくなっていたので、何の心配もせず安心して過ごしていた。

出産する時には何も迷わず、不安もなく里帰り出産を選んだ。

しかしいざ出産する時にトラブルがおきて、まさかこんな大きな落とし穴があるとは、その頃全く予想もしていなか

ったし知らなかった。

出産は本当に何が起こるかわからない。

順調な陣痛だったが、いざいきんで産むときに赤ちゃんが産道からなかなか出てこれなくて

赤ちゃんの呼吸が止まってしまった。

たまたま里帰りで選んだのが総合病院だったので、

赤ちゃんの呼吸が止まってしまった後も、すぐに小児科医が来てくれて蘇生させて助けてくれた。

もし個人の小さな産婦人科での出産だったら、

出産後にすぐに赤ちゃんを大きな病院に運ばなくてはならなかっただろうし、

命が守られたかはわからない。

総合病院での出産だったことだけが、救いだった。

その時、本当にこの子は神様に守られた子だと思った。

この先どんな事が起きるかわからないが、

この子に最善の道が開かれる事を祈って生きようと思った。

「T病院で産んでいてくれたらこんなことにならなかったかもしれないじゃないか…!」

と、息子が多感な中学生の頃 一度だけ言われたことがある。

私はただ黙って聞くだけで、何も言葉が出なかった。

本当にごめんね。

謝って済まされるようなことではない。

辛く苦しい思いばかりさせてしまったね。

まさかこんなことになってしまうなんて…

誰も想像していなかった。

後悔しても、どうしてあげる事もできない。

私の人生をかけて、この子になんとか自立して生きていく力を付けてあげたい。

良いだろうと思った事は勧めてみたり、誘ってみたり、

息子が興味を持った事は受け入れて、何でもさせてあげて見守っていこうと心に決めた。

出産を軽くみてはいけない。

安産で出産できる事がどんなに幸せなことか。 

私の人生で やり直したい事は何か? と聞かれたら、

出産のあの時 あの瞬間に戻りたい。

五体満足で生まれてこれることがどんなに幸せであるか。

どんな人でも、人生いろんな悩みや困難にぶつかるけれど、神様からいただいた命を大切にして欲しい。

与えられた苦しみも、きっと乗り越えられる日がくることを信じて、

笑える日が必ずくることを信じて私と息子は頑張り、やっとここまできた。

   《還暦を迎えた日、これだけは書き残しておきたいと思った》