CPサッカー AQエスフォルソ静岡

2021年5月5日に静岡にて、CPサッカー(脳性麻痺)のチームが発足した。

静岡県には CPサッカー のチームが無く、

岐阜まで練習に行っていた僕にとって県内にチームができてとても嬉しく思う。

チーム名は AQエスフォルソ静岡 

障がい者のチームを立ち上げて運営することや、組織作りをすることは本当に大変だと思う。

チーム発足のためにガネーシャ静岡の皆さんや、静岡障がい者サッカー連盟の方々、

練習場を貸してくださっている清水エスパルスの関係の方々などに協力していただき感謝している。

そして練習の指導などを支えてくれているスタッフの皆さんありがとうございます。

皆さんの支援のおかげでサッカーができることを嬉しく思う。

これからもよろしくお願いします。


そしてチーム名を考えて下さった 三浦泰年氏 ありがとうございました。

名前の由来

AQは英語のAdversity Quotientの略で、逆境指数とも呼ばれています。

esforçoはポルトガル語で努力

逆境に立ち向かい努力し続けている集団
素晴らしい

厳しい状況の時に力を発揮する粘り強いチームになって欲しい

障害を乗り越えて努力する姿は感動を超え、奇跡を呼び起こすのでは…

応援しています!!

2021.4.20  三浦泰年


毎月第1・3日曜日の17時から18時まで 

三保にある エスパルス鈴与育成グランド で練習しています。

見学、参加歓迎です。

サッカーをやりたい CP(脳性麻痺)の方、お知り合いの方がいましたらお知らせください。

(現在 ウオーキングサッカーは活動していません)

障がい者サッカーを、世間にもっと広めていきたいと思います。

当面の目標は、     

サッカーを楽しみ、人数を集め

CPサッカーの大会にでることだ。

サッカーではまずボールを蹴ることを楽しむ事が一番大切だと思う。

障がいがあってもうまくなりたいと思うことで、

リハビリや嫌なことも頑張ろうという気持ちになり努力をすると思う。

上手くいかなくて落ち込んでも、成功した時に誉められたり一緒に喜ぶ事によって少しずつ成功体験を積み重ねていく事が大切だと思う。


僕は無邪気にボールを蹴っていた幼稚園の頃、 

園庭で年上の子達がサッカーのゲームのような事をやっているのを見て、

面白そうだなと思いサッカーをやってみたくなった。


その頃の自分の体はポンカスで、軸がブレブレでまともにボールを蹴ることすらできなかった。

みんなの動きをよく見て、真似をしていた。

小学生になると、家の前のコンクリート壁に向かって毎日飽きもせず蹴って遊んでいた。

これは高校生位になってもやっていた。

ボールで遊んでいて、ある程度ボールを蹴る感覚がつかめてくると、何かに狙って当てる事が面白くなりコンクリート壁のマスを狙って蹴って遊んだ。

暇になると時間つぶしのように、常にボールに触って遊び、休日は楽しくてあっという間に5〜6時間やっていたりした。

それを無我夢中でやっているうちに、自然と自分でやり方を覚え体のバランス感覚がついてきたように思う。

コンクリート壁の枠内にダイレクトに狙ったりするゲームを友達とよくやっていた。

道路の2ヶ所の電柱をゴールラインとして、白線の中をゴールエリアにしてゲームをしたりもした。

宿題よりも体を治す事を考え、サッカーをやる事が楽しくてたまらなかった。

ボイタ法のリハビリ後は特に体が楽になるので、ボールを蹴りたくてたまらなくなった。

子どもの頃の僕は、サッカーをしていることで身体の力が抜けてきて上手くなることが嬉しくて、

時間が過ぎていることを忘れる位無我夢中にボールを蹴っていた。

サッカーを楽しくやっていることが今振り返ると身体のリハビリになり、

自分の状態も日に日に良くなっていた。

中学生の時はサッカー部に所属し健常の子達と一緒に練習をしていた。

僕の学年のチームは県大会に出る位のチームだった。

サッカー部の練習で得たものは、試合相手のいろんなチームのサッカーを見ることができたことである。
中学3年生位になるとみんな身体ができてきてパワーがついてきた。

その頃母が健常の子たちとやるサッカーだけでなく、

障がいを持っていてもできるCPサッカーというのがあることを調べてくれて直ぐに連絡をとり、

横浜で行われていた代表合宿を見学させてもらった。

僕はすぐに参加し、CPサッカーをやりたくなった。

僕は東海地区なので、岐阜 にしかチームはなかったので岐阜のFCプログレッソというチーム練習に通うことになった。

だんだん一人で岐阜まで行けるようにもなった。


当時は僕と同い年の子や、年齢の近い子がいたが、

最近はだんだんいなくなり、岐阜まで行ってサッカーをやるメリットを感じなくなっていた。

なので岐阜の練習以外は、清水の育成会(小学生の親のチーム)で一緒に練習させてもらったりもしていた。

2019年に僕がCPサッカーの代表選手に選考され、代表合宿に行くようになり、

アンプティサッカーのガネーシャ静岡の選手とも一緒に練習させてもらっていた。

それまで静岡サッカー連盟の先生は、静岡にCPサッカーの選手はいないと思っていたそうだが、

僕が一人いることを知りサポートして下さるようになった。

そのような経過で、静岡県に7つ目のパラフットボールのCPサッカーのカテゴリーのチーム

AQエスフォルソができたのだ。

静岡県でのイベントもCPサッカー選手として呼んでくださるようになった。


静岡県には障がい者サッカーの7団体の内CPサッカーだけがなかったので、

CPサッカーチームをつくり、サッカー王国静岡には7団体全部をつくる事が先生の使命のように頑張ってくださったのだと思う。

なのでこれから少しずつでも選手を増やしていきたいと思っている。


まず最初の目標としては、毎年10月頃に岐阜で行われるCPサッカーの全国大会に参加することだ。

そんな簡単に勝てるものではないので、まず参加してCPサッカーというものを体感して欲しい。

勝ち負けよりも、自分の障がいを理解し、自分の身体や体調のものさしになってくればいいと思う。

CPサッカーをやることで、脳性麻痺って何なのか?を理解できるようになって欲しい。

これは自分もそうだし、これから始める子ども達やチームメイトに解って欲しいと思っている。 

また、サッカーをすることでたくさんの友人、知人ができてきた。

サッカーを楽しんでいることで人生が豊かになると思うので、

子ども達も今の状態で自分のできることを最大限努力してほしい。

エスフォルソ静岡のチームの子達が、これからどんな成長をしていくのか無限大なので楽しみだ。