ボイタ法との出会い

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桜満開の4月、障がいを持って生まれた息子が県職員となって社会人1年生となった。

障がいをもった子を育てるという事は、どこまで成長できるかと先が全く見えない苦戦の日々だった。
ゴールが何処かわからないけれど突き進んできて、こうして公務員という職に就く事ができるまで成長してくれた事は想定外の事だった。

保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、社会人としての新学期。
工夫して乗り越えて来たことが数えきれない程あった。
山あり谷あり、試行錯誤しながらチャレンジしてきたこの経験を、息子と共に私も何かの役にたてたらと考え、これから投稿していこうと思う。

障がいを持つ子ども本人の大変さは、親である私にはほんの一片しか解っていなかったのだと、今になって最近息子の投稿を読んで気づかされているところだ。

まずは、ここまで息子が成長する事ができたのには、本当に多くの方が支えて応援して下さり、指導して下さったおかげだとお礼、感謝申しあげたい。

 

 

息子は出産時仮死状態で生まれた。
もしかして障がいが現れるかもしれないと不安で過ごし、一刻も早くリハビリをしてもらいたいと妊婦健診を受けていた東京のT病院に相談し、生後5ヶ月頃からボバース法のリハビリをしてもらうようになった。
無我夢中で子育てをし、リハビリに通っていた。

首のすわりが、いまひとつしっかりしない事が気になっていた頃、主治医が私の出身地でボイタ法をやっているところを紹介して下さった。
私の心は、せっかくT病院で診てもらっているのに田舎の病院へ行ったらどうか… と言われた事が大きな挫折に感じていた。

今後は装具を付けないと歩けないだろうから、成長と共に装具を作り変えなければならないからボイタ法をやってみたらどうかという事だった。
当時東京に住んでいたので、新幹線でボイタ法のリハビリを受けるために通うようになった。

生後11ヶ月の時。
これが、息子の大恩人となるボイタ法との出会いである。