私立小学校での経験が自信となる

僕自身小学校6年間を、公立小学校でも特別支援学校でもなく 私立の小学校で過ごすことができて、

すごく自信に繋がったと思う。

それは児童の数が少なくて、教員の目が一人一人によく届いていたからだ。

小学校入学の頃は歩くことはできたがまだまだ不安定で、健常者の友達と普通に学校に通うことができるか不安だった。

僕の入学した私立小学校は

20名の少人数学級で、2年に一度のクラス替えがある為、

僕の障がいの事をクラスメートに理解してもらいやすかった。

各教室のドアは無く、各クラスは壁で仕切られているつくりになっているので、

オープンスペースからは全クラスの様子が見渡せるようになっている。

2つの学年が6クラス同じフロアにあった為に、

各クラスで何か困った事があった時に、今でいう副担任制のような事ができるシステムだった。

各クラスの先生方が、生徒全員の事を理解してくれていた。

朝、必ず先生方が玄関に数名いらっしゃるので、先生方とのコミュニケーションも取りやすかった。

大学の附属小学校なので、

1年を通して大学生が大勢教育実習に来るので、大人の目が多かった。

公立普通学級の場合、

約40人の生徒をを一人の担任で見なくてはならないが、

僕の通った小学校は実習生も各クラスに3〜4名来る為、

サポート体制がしっかりしているから、

レベルに応じた教育プランがたてやすいと思う。

覚えている事は、

プリントは簡単レベルから、難関中学入試レベルの問題が用意され、

その子のレベルに応じたプリントを出してくれた。

高学年になると、ディスカッション形式の授業が増え、

自分の考えを発表する授業が多かった。

みんなの前で話すという機会が多く、緊張する事が少なくなってきた。

この小学校の特徴ではオーケストラ学習があり、一年生からバイオリンかチェロを選択して練習していた。

僕は座って弾くことのできるチェロになった。

手の操作の苦手な僕は弦をおさえる左手と、弓をひく右手のバランスが難しかった。

入学式も卒業式も在校生、先生方のオーケストラの生演奏で行われているところは一番の自慢できるところだ。

そして、この小学校の伝統として入学時から卒業するまで、一貫して日記という宿題が休まずあった。

6年間、毎日日記の宿題があり、それにより作文等を書く事が苦でなくなった。

6年生になると “生い立ちの記” という自分自身の事を100枚以上の原稿用紙に書いてまとめるという課題があり、

大変だったけれど自分の記録がきちんとした形で残り良かったと思う。

僕がこうしてブログを書くようになったのも、小学校時代の “書く” 習慣が素地になり、力となり、

みんなに伝える一手段として役立っていると思う。

先生方、ありがとうございました。

日記の事については、また書こうと思う。