空手の型の由来

  アーナンダイ

これは2021オリンピックで喜友名諒さんが演武した型である。

師範に聞くと、この型は明治時代の頃から琉球に伝わる伝統的な型ではなく、創作型だそうだ。

ちなみに、喜友名選手の決勝の対戦相手が(スーパーリンペイ)という型を演武していたが、

これは剛柔流の最後に習う型とされている、剛柔流の最高峰の型である。

剛柔流には13の型があり、昔は空手を20年以上習った達人たちが剛柔を極めたと

証明するために最後にやる型だそうだ。

もともと剛柔流は、琉球王国の那覇港の近くで船乗り達がやっていた一般庶民の流派だそうだ。

立ち方がサンチン立ちといって、つま先をハの字にして船の上でもバランスがとれるような立ち方をしている。

僕の師範は4段から5段になってからスーパーリンペイを習ったそうだ。

ちなみに首里手というのは、首里城の近くで琉球王国の役人や大名たちが中国の民や清との貿易で、

向こうの役人と武術交流で教えてもらったものから始まっているそうだ。

剛柔と首里手の違いは、剛柔は身体を固めて撃たれ強い身体を作ることを目的としている。

なので、動作的には単純で同じ動作の繰り返しが多い。

首里手の場合は、身体を鍛えるというより鋭さ速さを求めるものが多いのでテクニカルなものが多く、

一挙動で2から3手を連続的に打つものが多くなっている。

首里手の最高峰は、五十四歩(ウーセーシー)と、チャタンヤラクーシャンクーの二つが今有名である。

昔はこの二つが最後に習う型だったそうだ。(平成の初期まではそうだったようだ)

師範が言うには、今は小学生クラスが最高峰のこの型を大会で演武するので、

その型のレベルに合わずひどすぎてとても見ていられないそうだ。

今の時代は大会に勝つために、全日本選手クラスの型を子どもが真似して大会でやるので、

無理があると言っていた。

師範が言うには、昔の武術の達人たちが技術のレベルに合わせて教える型を決めていたそうだ。

現代になり、大会に勝てればいいという考えが強くなり、

型を習う順序がデタラメになってしまっている道場が多くなっていることが残念だと

師範が稽古中に教えてくれた。

僕の道場 唯心会では、剛柔流も首里手も全部の流派の型をやっている。

現代の空手の大会では、「形」とかかれているが、

昔は「形」の表記を、「型」と書いていたそうだ。

なぜ「型」という漢字を使っていたかというと、昔の偉大な武人たちが

人生を懸けて身につけた技術を残すために作ったものなので、勝手に変えてはいけないという思いから

使っていたそうだ。

「型」は主に中国の民時代や琉球王国時代に、戦で使われていたものが残っているそうだ。