ボイタ法人生の始まり

息子は出産時仮死状態で生まれた。

出産時に何らかのトラブルがあった場合、

もしかして愛する我が子に障がいがあるかも…

と不安が襲いかかってくる。

 

私の場合、里帰り出産した時に赤ちゃんの呼吸が止まってしまい、

小児科の先生に蘇生して頂いたおかげで

息子の命を助けてもらう事ができた。

脳に酸素がいかない時間があったため、

もしかしたら成長するにつれて、

運動面で何か障がいが出てくるかもしれない

と先生から後日聞かされた。

 

一体どうすればいいのだろう??

もしかして障がいが現れるかもしれないと不安で過ごし、

一刻も早くリハビリをしてもらいたいと、妊婦健診を受けていた東京のT病院に戻り乳児健診に行って相談してみると、

「まだ小さいので、1才位まで様子をみましょう。」

との回答だった。

様子をみているだけでは時間が過ぎるだけだし、

この子に何かしてあげられる事はないのだろうか…?

と不安がつのり、気持ちだけが焦っていた。

私の気持ちを察してか、

「それではリハビリをやってみますか?」

と勧めて下さり、私は、

「やります!」

と即答した。

それが息子の リハビリ人生 の始まりだった。

 

 

生後5ヶ月の時から半年間位、ボバース法のリハビリをやってもらうようになった。

無我夢中で子育てをし、リハビリに通っていた。

スキンヘッドの表情豊かなH先生で、息子と目線を合わせながら腹ばいの姿勢を教えたり、

お座りの姿勢を支えて教えてくれたりした。

 

息子は寝返りするのも遅かったし、

腹ばいになり頭を持ち上げるのも少し不安定で、

お座りすると、背中が前かがみのようになってしまっていた。

しかし、ボバース法のリハビリしか知らなかったので、

毎回リハビリに行き少しずつでも変化がみられ、成長できていることで別に何の不満もなく、

リハビリというのはこういうものだと勝手に思い込んでいた。

首のすわりが、いまひとつしっかりしない事が気になっていた頃、

主治医が私の出身地でボイタ法をやっているところを紹介して下さった。

私の心は、せっかくT病院で診てもらっているのに田舎の病院へ行ったらどうか…

と言われた事が大きな挫折に感じられていた。

今後は装具を付けないと歩けないだろうし、

成長と共に装具を作り変えなければならなくなるから

ボイタ法をやってみたらどうかという事だった。

当時東京に住んでいたので、

新幹線でボイタ法のリハビリを受けるために通うようになった。

生後11ヶ月の時。

これが、息子の大恩人となるボイタ法との出会いである。

ボバース法のおかげでゆっくりと、のんびりじわじわと成長していた息子だったが、

ボイタ法の施術を受ける事により、

あれよあれよと動きの変化がみられるようになった。

 

2〜3回の施術での変化は、

首のすわりがしっかりし、

口の開け方が大きくなり、

腹ばいの頭がしっかり上がるようになったことである。

1ヶ月後位には、腹ばいからよつばいの姿勢が出来るようになり、

ボイタ法の効果がさらに目に見えて現れてきた。

ちょうど息子が1才になる頃だった。

 

新幹線で東京から半年位通っていたが、息子の為にボイタ法の効果を信じ続けてみようと思い、

1才半頃引越しを決めたのである。

 

そして25才になる現在までボイタ法のリハビリは本人が絶対にやめたくないと言い、続いているのである。

ボイタ法のおかげで、自転車にも乗れるようになり、大好きなサッカー、

空手も続けて無事社会人として自立することができたのである。

『ボイタ法のキーポイント』 https://vojtakozou.com/blog/boitahounoki-pointo/