諦めずに頑張る気持ちの持ち方

東京パラリンピックが始まった。

鈴木孝幸選手が、競泳100メートル自由形で日本の金メダル第一号になった。

おめでとうございます。

 

約10年前、息子が中学生の時に、

水泳パラリンピアンの 鈴木孝幸選手のドキュメンタリー番組 (2008年放送)
『自立へのストローク 〜タカ 22歳の旅立ち〜』

を見た事がある。

 

その頃の息子は、障がいがあってもサッカーが好きでサッカー部に所属し、

リハビリをしながら自分の身体が少しでも良くなり、動き易くなるようにと頑張っている頃だった。

まだ自分の将来の事までは想像もつかず、

目の前の事をクリアして進んでいくだけで精一杯だったと思う。

 

鈴木孝幸選手のドキュメンタリー番組は、息子にとっても、母である私にとっても衝撃的だった。

手足に欠損障がいを持ち、産まれてからの苦難は計り知れないが、

育ててくれた保育園の園長先生(祖母だったようだが)の

愛情と健常の子たちと一緒に生活することにより、

手足が不自由でもこんな事もできるようになるのだ!

と驚かされた。

 

その時、鈴木孝幸選手は早稲田大学進学をし、一人暮らしを始めていた。

指が2〜3本しか無いのに、新聞紙を束ねて紐で括って縛るのもスムーズに出来るし、

料理もしていて、包丁を持ってハムを切っていた。

車の免許も取り、自立への道を歩んでいた。

 

ここまで出来るようになるためには、

どのような指導を受け、身に付ける事ができたのだろう?

鈴木孝幸選手の努力に頭が下がるが、それと同時に、

おばあちゃんの子育て法を知りたいと思った。

 

そして我が息子をみて、【この子には手足がちゃんとある】

身体の動きのバランスが悪いし、細かい作業は苦手だけど、

やればできるかもしれない!

と、諦めずに前向きにやる気をもらえた。

 

息子も自分よりもっと障がいの苦しい孝幸選手の姿を見て、

孝幸選手にできて自分に出来ないはずはない!

という気持ちが持てたようだった。

 

今になって思うと、鈴木孝幸選手が水泳を通して自分の力に挑戦している姿を見たことは、息子の

障害者サッカー

CPサッカー http://jcpfa.jp/ に挑戦したい

という気持ちを大きくし、さらに

自分も 進学 という夢を持ち始めるきっかけになったのではないかと思う。

 

鈴木孝幸選手が東京パラリンピックで 5個のメダルを取った。

本当に素晴らしかった。

多くの困難があったはずだが、

諦めずに頑張り、障害を跳ね返して苦労が報われたと思う。

 

孝幸選手は自分のの活躍を見て、頑張ることの大切さを多くの子ども達に感じて欲しい。

『障害を抱えている子どもたちがパラスポーツを始めるきっかけになるような泳ぎをしたい』

次世代を見据え、

『選手と国際パラリンピック委員会をつなぐ役割を果たしたい』

と言っていた。

 

孝幸選手の言葉が、パラスポーツ人口の拡大と、共生社会の実現を促進するきっかけになって欲しいと願っている。

『自立へのストローク 〜タカ 22歳の旅立ち〜』 は、障がいを持つ親子に是非見てもらいたいと思う。