*「師匠」とは、特定の専門分野における卓越した知識・技術を持ち、精神性や生き方、人生そのものを弟子に継承する絶対的な存在。
*「恩師」とは、教育や指導において恩恵を受け、人生に大きな影響を与えてくれた特別な存在。
*「恩人」とは、困難な時に力になってくれたり大きな影響を与えてくれたりする人で、彼らの支えや助けがあることでより強くなり成長でき様々な困難を乗り越えることができる。
人生では様々な人との出会いがあるが、
息子の場合は幸運なことに超一流の恩師・師匠・恩人と呼べる方が何人もいる。
この方々の力添え無くしては現在の息子の姿はあり得なかったと思う。
その出会いを時系列に振り返ってみた。

息子が出産時の酸素不足により脳に障害があるとわかったあと、
生後11ヶ月の時にボイタ法のリハビリをやっている静岡医療福祉センター(現在静岡済生会療育センター令和)を東大病院の先生から紹介され、
理学療法士である山内一之先生と出会うことができた。
装具がなければ歩けないだろうと言われていた状態から、
ボイタ法の施術の先生の手技のおかげで独歩できるようになり、
走り、自転車に乗り、大好きなスポーツをすることができる身体に造りあげていただくことができた。
山内先生は現在、うんどう発達Laboすくすく代表
運動発達支援や機能回復等の小児リハビリテーションに長年携わり、
子どもたちの成長のサポートとともにボイタ法をはじめとした専門技術の普及に尽力している。
静岡県理学療法士会監事
静岡県肢体不自由児協会理事
日本理学療法士協会賞 受賞

静岡県理学療法士会医療功労賞 受賞
息子にとって山内先生は恩師であり恩人であり師匠でもあり、

先生は息子の無くてはならない身体の一部のようになっているのだと思う。
歩けるようになりたい! サッカーがやりたい! 片足立ちができるようになりたい!
息子の成長とともに、こうなりたい!という希望や目標が大きくなり、
息子は山内先生の手技で救われ、
先生への要望も数え切れないほど言い、
それに応えて先生には息子の人生を併走していただき感謝しかない。
自分の身体をここまで元気に動ける身体にしてくださり支えてくださっている息子の山内先生への信頼は、
30年たった今も変わらず無くてはならない存在なので、
現在も体調を整えるために通い続けお世話になっている。
息子が30年間リハビリを嫌がらずに通えているのは、


山内先生のゴットハンドを一番息子自身が感じているからだろう。
のぞみ保育園、しずはた幼稚園(現在かえで幼稚園)に入園し、
恩師の方々との出会いと理解とサポートにより、

キリスト教保育の精神である、
子ども一人ひとりが神様からかけがえのない「いのち」を与えられた存在として、
障がいがあっても健常児と一緒に生活し、

健常児がやっていることを常に見て「自分もやってみたい!」と意欲がもてる子になっていった。
その意欲からリハビリをがんばろうという気持ちになり、
リハビリが最優先の生活を送っていた。

常葉学園橘小学校の安藤雅之教頭先生(現在常葉大学大学院 学校教育研究科教授)との恩師の出会いにより、
『三方よし』(自分よし 相手よし みんなよし)の教育方針の合言葉のもと、
学年を越えた交流や少人数のアットホームな思いやりのある環境の中で、
守られて助けられて「生きる力」が育てられ、
障がいをもっていても健常児と一緒に同じように諦めずに勉強もスポーツもチャレンジすることができた。
担任だった二村和秀先生も現在は橘小学校の教頭先生になられ、素晴らしい恩師である。

師匠との出会いは、息子の人生に無くてなならない空手・古武術の大川昌春師範との出会いである。
たまたま見ていたテレビでの指1本で相手を倒す古武術の術に魅せられて、
「これやりたい!」と小学生の時に大きな声で言ってから、
唯心会春清館道場に18年間通い続けることができている。
身体が緊張して力が入りやすい息子にとって、
空手は力を抜くという感覚を覚え、リラックスしておこなうところが好きで継続できているのだと思う。

大川昌春師範は、静岡市清水区にあった琉球古武術の大家である井上元勝師範が設立した「唯心会井上道場・琉球古武術保存振興会総本部」の最高幹部の一人で、

70年近くにわたり井上元勝師範の教えを守り抜きながら修行と後進の指導のため世界各地へ赴き、
最高位の「範士」の称号を授与されており、
大川師範の直接指導を受けられることは大変名誉なことで、
静岡浅間神社の奉納演武など日本の伝統的な武道の精神を示し続けている師匠である。

息子は週3回の稽古に通うなかで師匠から技術だけでなく、
武術の歴史や精神論や人としての生き様など師匠の言葉だけでなく、
日常の振る舞いや背中から多くのことを学ぶことができている。

元プロスキーヤーである三浦雄一郎校長先生(現在は名誉校長)のクラーク記念国際高等学校の恩師との出会いは、
息子の人生を切り開く大きなターニングポイントだったと思う。

『唯一無二の人になりなさい』と三浦雄一郎先生は自身が証明してくださっていて、
障がいを乗り越えてここまできたことを売りにして
オンリーワンをめざすオンリーワンの道のりがあることを先生方が教えてくださり、
障がい者の大学進学、公務員試験合格への道を進むことができた。

小学生の時からボールを蹴って遊ぶことが好きだったことからCPサッカー日本代表選手に挑戦している時、
静岡FIDサッカー連盟理事長で、
元特別支援学校校長の瀬戸脇正勝先生という恩人に出会い、
AQエスフォルソ静岡三保というCPサッカーのチームができ、


さらに多くの人との繋がりができてきた。

IAIパラスポーツパークがつくられ、

代表である瀬戸脇先生がパラスポーツ普及のために障がい別にいろいろなイベントを企画し、
多くの会社が協賛してくださるようになり嬉しく思う。
息子はパラフットボールやパラスポーツに関わることで皆に支えられながらどんどん人脈が広がっているようだ。

大恩人であるガネーシャ静岡AFC(アンプティーサッカー)代表の原正英氏との出会いが大きいことは外せない。

障がいの違う息子を受け入れて一緒に練習参加させていただけたことで、
アンプティーサッカー(切断者)の選手との交流からも大きな刺激を受けることができている。

福祉大学では障がい者スポーツ指導員の恩師である、
しずおか障がい者フライングディスク協会理事長、
一般社団法人ユニバーサルしずおか、
元静岡市しみず社会福祉事業団理事長の大塚康夫先生と出会えた繋がりも必然だったように思う。

IAIパラスポーツパークができいろいろなイベントが企画開催される中で、
先日息子の中学時代の担任だった恩師である西村泉先生に懐かしく再会することができたが、
まさか清水サッカー協会理事長 西村勉先生の奥様だということは当時は知らずにいた。

こうしてパラスポーツに関わることで多くの人が繋がっていること、
多くの方々の支援を受けてパラスポーツが支えられていることを改めて感じ、
これだけの方の力が集結して支えられて現在の息子の姿があるのだと
どうしても書き残しておきたかった。

良いことばかりではなく、険しく高い壁がいくつもあり乗り越えてきたが、
これもみな素晴らしい恩師・師匠・恩人のおかげである。
職場でも多くの人に支えられながら継続することができている。
息子の進む道には困難がたくさんあり、これからもあるだろう。

しかし神様のご計画、計らいによって息子の人生はいい方向へ進み、守られてきたのだと信じている。
『人間の心は自分の道を計画する 主が一歩一歩を備えてくださる』 聖書 箴言16章9節

そしてこの出会いと繋がりを感謝して自分の人生をさらに切り開いていってほしいと願っている。